ブログトップ

くらしアート 無名庵 ギャラリー

mumeian.exblog.jp

<   2014年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧

次回の無名庵シネクラブの上映会は9月12日(8月は夏休み)です。映画「ツィゴイネルワイゼン」

12日の上映会。和風の部屋で、鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」の映写、スクリーン再生は楽しみです。ぜひ、お越しください。
9月9日暖簾越しにスーパームーンの満月。
c0211734_163073.jpg

9月9日(火)中秋の名月の翌日、9日は月が地球に接近し普段より明るく大きく見える満月の日(スーパームーン)だそうです。12日の上映会の準備をしながら東の空に上がる月見を楽しむ、空気が澄んだ一日、部屋の窓際にススキを活けて月に供える風習も残したい。
 手水鉢いざよふ月を水の上  
c0211734_17214071.jpg

7,21
まだ梅雨は開けません。蒸し暑く地元の祭りも行いました。夏祭りは疫病退散を願って行われています。無名庵ギャラリーは、千年を超す歴史を刻んできた京都・京町家・和の暮らしや文化を見直しております。夏、湿度の多い地域の中でエコライフの知恵がたくさんあります。この7月、京都・祇園祭は浴衣姿の町衆による暑さを吹き飛ばすような、祭りに染まります。今年は49年ぶりに本来の姿に近づき、山鉾巡行は17日前祭(さきまつり)、24日後祭(あとまつり)と後祭を復活します。大船鉾が再建され、後祭のしんがりを飾るそうです。山鉾33基は「動く美術館」です。細部にわたって職人さんの技が生かされた鉾全体が宝物です。大切にしたいものです。
c0211734_112355.jpg

無名庵シネクラブの「私の一本」シリーズ第21弾は奇数月の第2金曜日の予定で開催しておりますが、8月の後半も都合が取れず9月12日(金)になりました。第22回は10月10日(金)、第23回は12月12日(金)予定です。
次回の上映作品は「ツィゴイネルワイゼン」鈴木清順監督1980年/145分です。
c0211734_1215742.jpg

ご案内:「私の一本」シリーズ波多野哲朗さんが推薦のフライヤーをご覧ください・・・

次回予告!
みんなで見ると楽しみが10倍、たたみでごろ寝で見てもOK!
無名庵シネクラブ「私の一本」シリーズ 第21弾 
映 画 上 映 会
2014年9月12日(金)午後6時30分から無名(むめい)庵(あん)ギャラリー
午後6時オープン。資料代 300円(お茶・お菓子サービスあり)
映画上映後、みんなでお話タイムとなります。

『ツィゴイネルワイゼン』
日本映画/シネマ・プラセット1980年/カラー 145分
監督:鈴木清順 原作:内田百問 脚本:田中陽造 撮影:永塚一栄 音楽:河内紀 写真:荒木経惟 
製作:荒戸源次郎 製作総指揮:伊藤謙二
出演:原田芳雄、大谷直子、大楠道代、藤田敏八、真喜志きさ子、麿赤児、山谷初男、玉川伊佐男
*上映とおはなし 波多野哲朗(はたの てつろう)
私の一本、・・・ツィゴルネルワイゼン

鈴木清順の映画について語るのはむずしい。それは鈴木清順の映画が難解だからではまったくなくて、むしろあまりに「薄っぺら」過ぎて語れないのだ。清順映画では、いつもつぎつぎと不思議なことが起こるが、その謎は何一つとして解かれることがない。そこでは、比喩や抽象といった、見る者の意識を深みへと誘い込むいかなる装置がまったく施されてはいないのだ。清順映画はいつもこうして、映画について語ろうとする私たちの欲望を挫く。通常ならば映画を前にする私たちは、あるときは作品の主旨について語り、あるときは作者の意図について語り、またあるときは映画が引き起こす感動の意味について語るだろう。いずれにせよ映画にむけられる言葉は、スクリーンの表面からスクリーンの背後へと、いわば映画の深みへと踏み込むことになるのだ。現象から出発して、その背後に潜む本質へ至ること、それこそまさに伝統的な批評、すなわち解釈学の一般的手口なのである。(それはおなじみのTV番組『なんでも鑑定団』の手口でもある。)だが清順映画には、この解釈学の手口がまったく無効なのである。
解釈学にとって必要なのは、現象の背後にかならずや隠された本質が存在するという確信に他ならない。だから逆に解釈学がもっとも苦手とするのは、背後のない映画、清順映画のように本質に収斂することなく、いつまでも表面で戯れつづける「薄っぺらな」映画なのである。 
かつてこのことに業を煮やした人がいた。1967年、鈴木清順が所属する日活株式会社で『殺しの烙印』という映画を作ったとき、試写室でこの映画を見た日活社長堀久作は、「さっぱりわからん!」と激怒して、彼をクビにしてしまったのだ。じつは前年の『東京流れ者』のときも鈴木清順監督は批判されて、その「虚無的」と呼ばれたラストシーンの撮り直しをさせられている。どうやらかなり以前から、「わからん映画を撮るやつ」と日活の上層部からはにらまれていたらしい。そんなことから日活をクビになった鈴木清順監督は、その後10年ほどの間、一本の映画も撮れなかったのである。
1980年の『ツイゴイネルワイゼン』という映画は、『殺しの烙印』から13年目。(その間に『悲愁物語』という松竹映画を1本作っているが)、鈴木清順が長い沈黙のあと再び映画監督としての活動を開始することになる最初の作品である。しかしこの映画は、既存の映画館ではなくシネマ・プラセットという  ドーム型の移動式テントで公開された。時はすでに「作家主義の時代」をむかえていた映画界にあって、この映画は監督鈴木清順の名を、一挙に世に知らしめることになった。映画はベルリン映画祭の特別賞をはじめ、かずかずの賞を受ける。では、清順映画にはどんな変化が起こったのだろうか。商業映画監督の映画から、映画作家の映画になったのか。いや、何一つ変わってはいなかった。相変わらず映画はかずかずの謎を振りまいているが、ついに何一つその解は得られない。その徹底した意味作用の拒絶ぶりは、すこしも変わっていなかった。しかしその背後のない映像たちは、以前にも増して、映画の表層でじつに見事な戯れを演じていたのである。
波多野哲朗(はたのてつろう)
この春から学生たちを相手に、ジル・ドウルーズの『シネマ1*運動イメージ』『シネマ2*時間イメージ』の講読を開始。映画とはなんと身体的かつ有機的なものかと改めて思う。
お問い合わせ:無名庵(むめいあん)昼12時から午後7時まで(月曜定休) 
携帯090-9957-0880 
協力:AIR(エアー)-空(くう)-パフォーミング・アーツ研究会
c0211734_127083.jpg
 
[PR]
by mumeian2009 | 2014-07-21 18:35 | 無名庵シネクラブ上映